大家族の話とは違いますが、最近どうしても頭の中から離れないことがあります。
申し訳ありませんが、少しお付き合い下さい。
大家族の父の実家は、旭川から50キロほど北の小さな町です。
私はそこで、中学3年まで暮らしました。
私の父母はそこに住んでいますが、私は高校から函館で寮生活を送りました。
私の幼少のころ、農家の父母はなかなか遊びに連れて行ってくれることは、難しかったんです。
でも、ひどい雨が降って、仕事にならないとき、ほんとうにたまにですが、温泉に連れて行ってくれました。
私はそれが、少ない楽しみのひとつでした。
私の家から自動車で、20分くらい走ったところにある温泉によく行きました。
それが、塩狩温泉でした。
塩狩温泉は、塩狩峠にある、本当にひなびた温泉でした。
塩狩峠って聞いたことがありませんか?
塩狩峠は、三浦綾子さんの小説にある題名です。確か実話だったか?
正確な詳細は忘れてしまいました。
間違っていたらごめんなさい。
主人公は、塩狩峠の駅員。
いいなずけができますが、彼女は結核になってしまい、短い命に。
しかし、主人公の必死の看病の下、彼女は奇跡の回復をする。
喜び、結婚を待っていた2人に降りかかった不幸。
ブレーキの利かない列車が塩狩峠を駆け下りる。
乗客が絶体絶命のところ、主人公が命をかけて身を呈して、列車を止める。
もう感動の嵐。涙が止まりませんでした。
この話は、中学3年の夏に読んで、あまりの感動に感想文をかいたところ、今まで文章を書くのが全くだめだった私が、なぜか金賞をもらったといういわく付きの小説でした。
昨年秋、約30年ぶりくらいに、列車で塩狩峠を通りました。
今の列車は、当時よりも力があります。早いです。
でも、昔、塩狩峠は、私が旭川の耳鼻咽喉科に通っていたとき、何度もディーゼルの汽車で往復しました。
当時は、急勾配で、当時の汽車はやっと登っていきました。
この坂の下りに、自分の体を汽車のブレーキにしたんだなー。
恐ろしいな。
待ちに待った結婚を控えて、自分の命で乗客の命を救ったんだな。
改めて思いました。
でも、塩狩峠を通って、ずっとずっと残念だったことがあります。
懐かしい懐かしい塩狩温泉
私の幼少の思い出の一場面を飾っていた場所
塩狩温泉は、閉鎖になっていました。
塩狩という言葉は、今では、私の思い出と三浦綾子の小説に残っているだけ....
2007年04月22日
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